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日志


5月12日

講座とワークショップ

 
 今夜もまたまた経営体育成コンクール応募作品を読みました。
 
 今回は平成19年度です。
  生活研究グループから起業、起業から企業の取組が書かれています。
 
 今から6年前になりますが、町内に交流施設が建設されることになり、町、JA、普及センターで特産開発講座を2年計画で開講されました。
 
 そして、それから2年後、みそやそうざい、もち、パンの4部門の加工グループが誕生しました・・・。
 
 
  ここまではよく聞かれる取組です。
 
 
  営業成績が順調に伸びる中で、加工や販売に忙しい。
  その中で、普及センターがファシリテーターをつとめて、ワークショップを開く。
 
  すると、将来方向や経営のあり方がいろいろと出てきた。
 
 
 一方で、財務諸表作成の指導をしていった。
 
 
  すると、その財務諸表から4つの部門の中で、2つの部門が法人化を考え始めた・・・。
 
 
 
  法人化と言ってもいろいろなタイプがある。
 
 
  次に普及センターは、株式会社や企業組合などの形態の違いや報酬、税務対応などが記載された資料を提示した。
 
 
 
  その結果、利益追求ではなく相互扶助が経営の礎となる企業組合を自ら選んだ。
 
  しかし、加工グループ内では、設立当初に苦労された方と、新たに構成員になる方と従事分量配当で平等にすることに対して反対意見もあったとか・・・。
 
  でも、最後には「自分達だけをかわいがる閉ざされた法人では将来性がない」とグループ員の誰かが言った・・・。
 
 
 
 
  今では、地域で認められるだけでなく、「女だてらに何ができる」と鼻で笑っていた人が、「ようがんっばてる」と声をかける。
 
  男女共同参画の一つの布石であり、市内における一つの企業として育っている。
 
 
  最後に、この資料の中に「法人設立のフローチャート」が添付されていた。
 
  「指導」と「支援」が明確に分けられて記載されている。
 
 
   素晴らしい、普及活動だと思いました。
 
 
 
  そして、その活動が私の町内であったことがすごく嬉しく思いました・・・。
5月9日

経営の岐路

 
 連休を過ぎると、なぜか急に忙しさを感じます・・・。
 朝から、苗代の水入れやいろいろなことが必要になってきます・・・。
 
 
 
 
 普及支援協会の経営体育成コンクールの冊子を読みました。
 
 私の県は、平成8年度から参加しています。
 
 
 この年は、入賞はできませんでしたが、この年の応募作品を読むと、やはり普及活動として奥深い部分がたくさんありました。
 
 
 
 
  活動の対象となったのは、山間部の過疎の集落でした。
 
 
  ある普及員が、むらづくり事業で3年間、対象集落に入ったことが書かれていました。
 
 
 
 
   地域に入り、地域で活動するうち、ある女性から相談をされる・・・。
 
 
 
  その相談とは、この地域は山間部で高校がない。
 
  高校へ行かせるときから下宿が必要になる。
 
  ところが、専業であるが農業収入が少なく、将来に不安を感じる。
 
 
 
 その女性は、農閑期に町に出稼ぎに行くことも一つの方法だという。
 
 
 それでいいのかと、家族と普及員が話し合う。
 
 なんとか、この地域で経営を成り立つようにできないかと・・。
 
 
 
 
 
  結論は、家族みんなで将来の我が家の農業を考えたという。
 
 
 その結果、父は繁殖和牛の頭数を増やす。
 一方、母は、築200年以上の古い家を改築し、民宿にする。
 
 
 
 そんな夢のような話を、普及員も参加し、両面の経営を支援していった・・・。
 
 
  牛は、これまでの藁や畦草から、牧草導入へと指導した。
  
  民宿は、改築から許認可まで、一緒に考えた。
  いろいろな事業を活用し、女性名義で借金もしたという。
 
  
 
 
  そして、何年か過ぎたときには農業所得が父、母合わせて1,000万円を超えた。
 
 
  さらに嬉しいことには、いつの間にか過疎の集落に都市の人が次々訪れるようになった・・・と書かれていた。
 
 
 
 
  この集落は、今では県下でも有名です。
 
 
  その集落の岐路が、ある家の経営の岐路であり、普及員とのつながりであった・・・。
 
  普及員は、「特定の農家にどこまで入り込めばいいかわからないが、とことん入った・・・」と述べている。
 
 
 
  その年は、残念ながら入賞できませんでしたが、今でもその時の活動が冊子に残されています。
 
  そのことが、もっと大きなことであるように感じました。
 
 
 
 
  結果も大切ですが、字としてまとめ、書き残す。
 
  そして何年かしてふり返る・・・。
 
 
  大切なことですね。
 
  
 
 
 
  
1月28日

農業書ベストセラーとある係りの方

 
 先週、自主的な勉強会が開かれ、参加しました。
 
 
 
その勉強会の当日、いつも気にかけてくださっている係りの方に何気なく、これまでまとめていた日本農業新聞の平成17年、18年、19年度の「農業書年間ベストセラーランキング」の一覧を見ていただきました。
 
  実は、私の書いた本が3年連続、年間ベストセラーに入っていたのです。
  でも、自分の自慢になるので家族以外には見せていませんでした・・・。
 
   そう、誰でも人の失敗は聞きたいけど、自慢話はあまり聞きたくないですものね・・・。
 
  すると、その方は早速コピーを取られました。
 
   私は、「自慢になってしまうので、あなただけに見せてるんです・・・・」と言ったときです。
 
 
その係りの方は、
「いえ、あなたの自慢ではありません。現場で普及活動をされている普及指導員の方が書かれた本が、3年連続、農業書のベストセラーに入る。そのことは、改良普及員さんにしかできないことです・・・・。そのことが大切なのです。」と言われました。
 
 そして、勉強会の資料の中に入れられました。
 
 
 その資料の説明は、私もしなかったし、その係りの方も言われませんでした。
 
 
   でも、誰かは気づかれているはずです・・・・。
 
 
 
現場で、直接農業者やいろいろな方と接し、いろいろな苦しみや喜びをともにできる。
ときには挫折し、ときには互いに喜び合える・・・。
 
 
  その視点で、感じることのできるセクションだから書ける・・・。
 
  そして、そのことが多くの人に受け入れられている・・・。
 
 
 
係りの方は、そのことを知られているからこそ、資料として配付されたのでしょう・・・。
 
 
    
     そうやって常に見えにくい活動を支援していただける。
 
     
     ありがたいことです
 
 
5月6日

よき隣人

昔から法律家が法令の文字にのみとらわれて、人間の人情や常識を無視し、社会の共同生活の利益に反する傾向から生まれる言葉として、「よき法律家は悪しき隣人である」と言う言葉があります。
 
 
そのことについて、長谷川彰一先生は著書「法令解釈の基礎」の最後の部分で、佐藤達夫先生の「法制執務提要」を引用し、「よき法律家はよき隣人たれ」ということを述べられています。
 
 
 
「法令の解釈に際しては、社会の世論を充分に考え、社会の動きを見きわめて、どのように解釈することがその法令を真に生かすみちであるかをということを深く考えなければならない・・・」と。
 
 
 
 
これは、法律だけでなく、いろいろなことにも同じことが言えると思いました・・・。
 
品目横断的経営安定対策、農地・水・環境保全向上対策・・・。
 
いろいろな施策が今年から展開されています。
 
 
 
悪しき隣人ではなく、よき隣人として、どのように考え、どのように生かしていくか・・・。
 
 
 
 
 
 
 
3月30日

自分にとっての天職

「あんなに、イヤでイヤで仕方なかった仕事、
 
何度も、もうやめたいと思った仕事が、実は自分にとっての天職であり、
 自分自身も、今の仕事や地域に対して、これほどまでに思い入れを持っていたなんて・・・
 今の今まで、全く気付いていませんでした。
 私は今の仕事が好きだったし、誇りを持って仕事していたんだって・・・」
 
 
この文章は、明日で(正式には今日)普及指導員の職場から、行政の職場に行かれるCさんが書かれている今日のブログの一部分です。
 
 
実は、今日、このCさんと一緒に仕事をしていました。
 
 
講師の都合で、今日、ブルーベリーの研修会が行われました。
 
講師は、全国的に有名な講師です。
 
Cさんは、一番前の席で、その講師のお話を一生懸命にメモされていました。
 
 
 
そして研修会が終わって、車で事務所に帰る途中、Cさんはハンドルを握りながら大きな声で、泣き始めました・・・。
 
 
 
多分、これまで普及員としての仕事の大きさ、大切さをあまり感じられていなかったのかもしれません・・・。
 
 
今日の講演会で、ブルーベリーをこの地域でさらに広めていこう・・・。
 
そう思われたのでしょう・・・。
 
しかし、明日、1日でそれが出来なくなる・・・。
 
 
講演中、そのことに気づき、その悔しさから、思わず涙が出そうになったのでしょう。
 
そして、車に乗るまで、その思いをじっと我慢されていたのでしょう・・・。
 
 
普及員という仕事は、筋書きがありません。
お金も権限も持たず、現場に入っていきます。
 
あるのは、信頼関係だけ・・。
 
 
 
新任期は、難しく、まさに自分との戦いです・・・。
 
てきぱきと仕事をこなす先輩。
 
農家や関係機関から信頼を得て、仕事をされている普及員の姿・・・。
 
そして、思うように仕事ができない自分・・・。
 
まして、職場や現場では男性が多い・・・。
 
女性のCさんは、何度も自信を失われたのかもしれません・・・。
 
 
 
しかし、今ではりっぱな仕事をされる普及員さんになられていました・・・。
 
 
明日一日だけになりましたが、今日、流された涙を忘れずに、
 
次のセクションでさらにいろいろなことを学ばれ、
 
本当の天職を見つけられることを祈ります・・・。
 
 
がんばれ!
 
 
 
 
 
 
 
 

 
3月24日

栗せん定士

3月の始めに、丹波栗の研修会があり、出席しました。
 
  バイヤーの方の話、栗剪定士さんのお話・・・。
 
ともによいお話でした。
 
 
 
  特に栗剪定士さんの言葉が頭の中に残っています。
 
 
 
「せん定を依頼された園で作業中、3.5mの高さから地面に落ちました。
 
頭を押さえると、頭から血が流れていました。
 
でも、タオルで頭をしばり、がんばってその園の剪定を済ましました・・・・。
 
 
園主さんから、今年も「良い栗がとれました」という連絡をいただくことを楽しみにしています・・・」
 
 また、
 
「私は、平成9年に応募し、平成11年に栗剪定士に認めていただきました。
 
それから、その名に恥じないよう、責任の重さをいつも感じています・・・・」
 
 
 栗せん定士制度は、これまで培われてきた栗栽培の素晴らしい技術を、地域の栗振興に役立ててもらおう・・・とある普及員が栗生産者や関係機関の方々と相談し、平成4年に「地域の栗は地域で守ろう」を合い言葉に、創設された制度です。
 
 
今、この栗剪定士制度は3つの普及センターに広がり、計50名以上の方がそれぞれの普及センターの所長から技術を認定され地域の栗振興に活躍されています。
 
 
その活動は、せん定だけでなく、防除や栽培技術指導など、まさに地域の栗振興の要になられています。
 
 
 
 
この制度がスタートしたときは、まだまだ小さな取り組みでした。
 
 
今のように充実し、広がった最も大きな要因は、
 
最初にスタートさせた普及員のあとを引き継ぎ、地道にこつこつと伸ばし、広げていった若い女性普及員の取り組みがあります。
 
 
彼女は、新任でしたが足繁(しげ)く栗園を回り、生産者の方々の声に耳を傾け、笑顔を絶やしませんでした。
そして、生産者の方に希望と誇りを与え、多くの方から愛され、信頼されていました。
 
 
 
今日、その普及員さんからメールが届きました。
 
「○○へ転勤です・・・」
 
 
これから、普及員でない違うセクションに異動されるようです。
 
 
「ひと」を対象に「ひと」に働きかけ、「ひと」とともに歩まれてきたあなたの足跡は、
多くの農業者の方、関係機関の方がよく知っておられます。
 
 
「りっぱな普及員」であったことに誇りを持ち、
 
新たなセクションで活躍されることを祈ります。
 
 
3月20日

ある受託研究員

今日、嬉しいメールが届いていました。
 
「今、なかなか思うように進みませんが、普及計画も変更し、やっと前に進み始めました・・・」
 
このメールの差出人は、今年の1月から2月にかけて1ヶ月間、私達の県の集落営農の取り組みを研究するために来られていた普及員さんからでした。
 
この県は農業の盛んな県で、私達が視察に行かせていただくような県です。
この県とつながりができたのは、普及員研修や県域の研修会のお手伝いに2度行かせていただいたことからでした。
 
このとき、研修会に常に来られていた普及員さんが数名おられました。
 
そして、この方々は研修会が終わると、必ず声をかけていただき、いろいろな質問をされたり、反対にいろいろなことを教えていただきました。
 
その中の一人が、長期研修先として、私達の県を希望されたのでした。
 
 
 
 
集落営農の推進では、全国的に素晴らしい県がいくつもあります。
そういった中で、私達の県はまだまだです。
 
研修のお役に立てないのでは・・・・・と当初はお断りしようと思いました。
 
しかし、上司のすすめもあり、受託研究員制度を活用して、1ヶ月間研修をされました。
 
 
研修期間中は、県下のいろいろな普及センターや研修会に行かれました。
 
また、夜も、休日も普及員さんや私達と一緒に現場に入り、いろいろなことを聞き、見て、それをまとめ、整理されていきました。
 
その前向きな姿に私も驚きましたが、私だけでなく、普及センターや関係機関の人達も刺激を受けました。
そう、何かみんなが元気に輝くようになったように思います。
 
 
集落営農の推進は、夜や休日が多く、動きも鈍く、思うように進まず、ときとして壁にぶち当たることが多くあります。
 
そういった中で、他県から来られて、一生懸命に学ばれている姿を見て、自分達の仕事をもう一度見つめ直したのではないかと思います。
 
 
 
帰られてから届けられた研究報告書は、現状把握から関係機関との連携、集落での進め方・・・全てに良くまとめられていました。
 
この報告書を読んだとき、
 
「私達の活動は、人を教えているようで、一番教えられているのは、私達自身だな・・・」と思いました。
 
私達の活動を、いろいろな角度から見られている。
また、それをいろいろな角度から分析されています・・・。
 
 
多分、これまでこういった専門的な外部評価を受けたことはなかったと思います。
 
 
この報告書は、私達の宝として、大切にして、これからの集落営農推進に役立てていきたいと思います。
 
そして、こういったつながりが普及組織の中でさらに深まり、それぞれの普及活動が高まっていけば・・・と願います。
 
 
 
私自身は、研究員さんに何一つ、充分なことができなかっただけに悔やまれますが、これからもこういったつながりを大切にしたいものです。
 
 
 
 
 
 
 
3月14日

残すべきところ・・・。

「今回の研修で、農業改良普及員の方の役割の大きさというものがわかった。農業の技術指導のみならず、経営についての指導も行い、農家の方の様々な取組を支援されていた・・・・このような「縁の下の力持ち」をおろそかにするようでは、日本の農業はダメになると考える。削るところは削らなければならないが、残すべきところは残すべきである・・・」

これは、今年、県北部の中山間地の農家で寝食をしながら、農業研修された方が書かれていた一文です・・・。

 

話は変わりますが、3月上旬に、日本農業普及学会の研究発表会がありました。

その中で、2つの発表が「普及事業は技術が求められている」と報告されていました・・・。

一つは、全国4000数戸の農業者に対するアンケート結果。

もう一つは、モデル地区での農業者に対する調査結果からでした。

 

普及員にとって、最も大切なことは「技術」です。

しかし、もう一つ大切なことがあると思います。

それは、経営が成り立つ「土俵」をつくること。

そして、農業・農村を活性化していく「地域づくり」だと思います。

学会の発表では、その部分の重要性についてはふれられていませんでした・・・。

その難しい部分こそが、本当の公益的な普及事業が果たす役割ではないかと私は思っていました・・・。

 

そういった中で、今日、読ませていただいたこの報告書の終わりの言葉・・・・・。

農家に入られ、農家で学ばれる短い期間の研修にもかかわらず、現場や農業者、普及事業をよく見られているな・・・と感心しました。

これから、立派な方になられると思いますが、今の思いをこれからも大切にしていただければと、心から願いました・・・。

 

8月10日

地域課題の解決方法

昨日、試験研究に対する果樹の19年度要望課題検討会が開かれました。
 
県下の普及センターから、多くの要望課題が出されました。
 
その内容について、19年度課題にするかしないかを研究、普及、行政で検討する場です。
 
本来は、普及現場から多く出されるのですが、私は専技のセクションから、果樹の省力技術の開発について
 
「ぶどう生産団地であるK市では、後継者がいない、また、わからないが70%を占めており、早急に○○における省力化技術の試験が望まれる・・・」
 
と要望しました。
 
 
 
そして、会が終わろうとしたときでした。
 
ある出先機関の行政担当の課長が
 
「さきほど、M専技は、ぶどう産地を維持していくために、どうしても○○の試験研究が必要だと言われた。試験研究では、このような課題検討の場所があり、うらやましい。行政でも、このようなシステムが必要ではないか?」
 
といった意見が出されました。
 
そのことに対して、「本庁段階ではしています・・・」といった答えがありました。
 
そして、その話は終わりました・・・。
 
 
このとき、思ったことがありました。
 
しかし、言えませんでした・・・。
 
そのことは、「大切なのは、本庁段階での検討だけでなく、地域毎に普及や行政、そして、研究等が話し合うことです」
 
これって、集落営農などの地域課題も同じですよね。
 
上位下達的な流れが多いけれど、一番大切なのは、出先機関の課長が言われたように、地域単位での関係機関の意見交換と連携です。
 
その中に、研究課題の要望があったり、行政課題への提言があると思います。
 
その検討結果が、本庁段階へ上がっていく流れが重要です・・・・。
 
普及の役割は、現場の課題を試験研究へつなぎ、試験研究の技術を農業者に伝えるだけでなく、
行政課題を農業者に伝える一方で、その時の現場の反応や動きを逆に行政につなぐことです。
 
このことがないと、普及の役割はありません。
 
 
明日、この課長と出合う機会があります。
 
せめて、この課長の地方機関からそのことを始めて欲しいものです。
 
「普及は、いろいろな場面での通訳と料理人」
 
明日の夜は、家族で温泉に泊まります。
忙しくて、残念ながら休めませんでした。
せめて夜だけでも、家族サービスしなくては・・・。
 
 
 
6月24日

コウノトリをはぐくむ農法

今日、こんな話を聞きました。
 
但馬地方では、「こうのとりを育む農法」を広げようと、県や関係機関が補助を出しながら、冬季湛水したり、農薬をなるべく使わず、中干しも遅らせ、カエルやドジョウなどを増やすような栽培を進めているとのことです。
 
その現地に行くと、集落営農組織で取り組んでいるところでは、管理がうまくいっていたとのことです。
 
ところが、大規模農家の方が取り組まれているところでは、うまくいっているところもあれば、田んぼの中の雑草がやや多いところもあったようです。
 
 
その理由は、良くはわかりませんが、多分、集落営農組織が取り組むと、水管理がうまくいっているからかもしれません。
 
 
 
そのことよりも、私が心配したのは、もし、雑草が生い茂ったとき、どうなるのだろうといったことです。
 
 
つまり、集落営農組織で取り組んでいる場合だと集落で取り組んでいるので「仕方ない」ですむ・・・。
 
 
ところが、大規模農家が取り組むと、「また、草をはやして・・・」といった批判が出ないか・・・。
 
 
それだけ、大規模農家は地域の中では、苦労されていると思います。
 
 
最近、そんな話を、よく聞くようになりました。
 
 
「品目横断」といいながら、「担い手」よりも「交付金」に主眼がおかれ、「形」にとらわれた取り組みが多いのです。
 
 
そのため、大規模農家が集落の話し合いからはみだされていたり、農地が返還させられたり・・・。
 
 
 
現場では、「品目横断の説明会ばかりで、肝心の 「HOW to」がまったくない。
あれでは、「形」が優先になる。」
 
といった声も聞かれます。
 
 
普及センターのコーディネート機能に期待したいところですが、県庁の縦の行政の流れが強くて、時間もなく遅れ気味です・・・。
 
 
取りあえずは「形」優先でも、時間をかけながら「担い手づくり」を気づかせていくことが必要です。
 
 
農業生産政策、農民政策、農村政策・・・・いつまでたっても、「農業生産政策」が優先。
 
「ひと」と「もの」と「かたち」・・・・いつまでたっても、「もの」、「かたち」が優先。
 
 
この流れで上からこられると、つらいなあ・・・。
 
 
これじゃ、いつまでたっても、「考える農民」は生まれないような気がします。
 
 
今、求められているのは、他集落から来て作られている大規模農家に、
 
「私達が作れないので、他集落からわざわざ来ていただいている」
 
「ありがたい」
 
といった気持ちを育むことだと思います。
 
 
今は制度にのせることが、まず優先かもしれないけれど、だけは忘れないようにしなくては・・・。
 
「制度に魂を」
 
 
やっと、原稿、書けました。
早速、次の原稿が待っています・・・。
 
ゆっくり、寝たいですね・・・・。
 
 
 
6月14日

ぶれない軸足2

昨日、国の研修で、私達の県の普及活動がぶれていないと、ある講師が紹介されたことの続きです。
 
普及事業は、
 
「農民の自発性を生かし、能力を引き出し、それを生産と生活に結びつけるために試験研究等との連携を深めつつ技術情報の提供、助言、診断指導を行い、農業の発展と農家の福祉の向上に寄与していく」
 
という理念をもっています。
 
いろいろな制度改革があり、普及活動内容も変わりましたが、いつまでたっても変わらないものがあると思います。
 
それは、「もの」よりも、「ひと」を中心に、そして、「教育的手法」によって、「自主的に農業を営むことのできる農業者を育成する」という指導理念です。
 
 
私の県では、毎年1~2名、45日間の社会教育主事講習に派遣し、普及員に社会教育主事の資格を取らせています。
 
おかげさまで、私もその講習を受講し、資格を得る機会がありました。
 
その中で学んだ社会教育の歴史は、「いかに農民を抑え、統治するか」の教育(正確には教育ではありませんが)の歴史の繰り返しでした。
 
典型的な事例が、江戸時代の「五人組み」です。
 
「農村をどうするか(農村政策)」、「農民をどうするか(農民政策)」ではなく、「農業生産をどうするか(農業生産政策)」が主体で進められてきました。
 
 
 
私達の仕事は、農業生産も大切ですが、あくまで「もの」ではなく、「ひと」が指導の重点です。
 
 
 
そのことを忘れたときに、普及事業は消えるのかも知れません。
 
 
私達は、「ひと」を主体とした軸足を常にもつことが大切だと思います。
 
 
 
 
私の県の普及が素晴らしい点は、3つあると思います。
 
一つは、個々の資質。
もう一つは、県の考え方。
そして、最後の一つは普及職員による普及職員協議会の活動。
 
 
特に、普及職員協議会の活動は、自分達がお金を出しあって、「これからの普及活動はどうあるべきか」を常に研究している点です。
 
自分達の身分処遇ではなく、
 
「県民に役立つ普及活動とは何か」、
 
「これからの農業をきりひらくためにどうあるべきか」・・・・。
 
 
常に、普及のあるべき姿を考え、まとめ、その結果を幅広く意見として提供している点です。
 
 
 
それが、私の思う「軸足がぶれない」と言われた私の県の普及を支えているものかな?と感じました。
 
集落営農も同じですね。
 
「もの」よりも「ひと」。
 
「常にあるべき姿をえがく」。 
 
 
「普及理念を忘れず」
 
 
行政的な活動が多くなればなるほど、これまでの先輩が築いてこられた足跡を、もう一度見直すことが必要なような気がします。
 
今から原稿を書かなくては・・・。
6月に入って、全国誌3つ目です・・・。
 
今回は、かなり手ごわいです。
 
田植えもしないといけないし・・・。
 一度、ゆっくりと、寝てみたいな・・・。 
 
 
 
 
 
 
 

ぶれない軸足

先週、国で行われた研修を受けてきた3名の仲間から、研修の感想を聞きました。
 
それぞれが「よかった」と教えてくれました。
 
 
いろいろな知識や技術。
 
全国にネットができたこと。
 
そして、全国的な動きや考えが聞けたことなど・・・。
 
 
 
昨年、いろいろな理由で、国の研修が途中で中止になりました。
 
 
その時、私は
 
「鎖国のようなことはよくないですよ」
 
「県で学べない知識や技術を学べるだけでなく、全国にネットがができ、全国的な視野をもった普及員が育つ機会です」
 
「ほかの予算を切っても国の研修には参加できるように」
 
とある会議でお願いしました。
 
 
それだけではなかったと思いますが、今年から再び復活しています。
 
 
 
そして、なにより嬉しかったのは、
 
「私の県の普及活動を講義の中で誉めていただきました」
 
「普及の制度が大きく変わる中で、普及の軸足がぶれていないと高い評価をいただきました」
 
 
 
普及の軸足とは何か・・・。
 
それは、普及センター数が行政改革で20普及センターから22普及センターに増えたこと。
 
普及センターの独自性と、専門技術員制度が堅持されていること。
 
そして、何より、農業者の福祉の向上と農業の生産性の向上を目的としていること・・・。
 
 
 
いろいろなことがあります。
 
「ぶれていない。」
 
うれしい言葉でした。
 
 
 
「仕事に自信と誇りをもつ」
 
 
農業者からの高い評価が、地域を動かし、県を動かし、全国に届いている・・・そんな気がします。
農業の担い手を育てる一方で、私達の後継者も育てないと。
 
これからも、がんばらないと・・・。